近畿名水の旅

●はじめに
名水百選とは?
 市町村から推薦された784ヵ所の中から、環境庁により1985年に選定された100の名水です。日本全国に存在するきれいな水の中で、特に湧き水、地下水、川のように流れている水(表流水)について、学識経験者からなる検討会が選びました。そして、それらの名水を広く国民に紹介し、水についての認識を高め、普及させることを目標としています。
 また、「水質、水量、周辺環境などが良い状態であること」と「周辺地域に住む人々によって大切に守られていること」という2つの条件のほかに、大きさや歴史などを調査して選ばれました。

■名水スケッチ (2) 松尾大社亀の井(京都市右京区)
●その1【歴史】
醸造に利用されていた至福の天然水

 日本には、たくさんの命の水と呼ばれる湧水や井戸水があります。水道のなかった昔、人々は季節を通してかれることのない良質な湧水を、命の水とあがめ大切に受け継いできました。酒の神で知られる松尾大社にも、そんな湧水が亀の口からわき出て人々に親しまれています。
 松尾大社は、周辺に暮らす人々の生活守護神から興った松尾山の祭神がはじまりといわれています。5世紀頃に泰氏の総氏神となり、奈良時代に現在の場所に社殿が造営され、松尾山一帯が神聖な場所として守られてきました。
 亀の井の湧水は、聖域とされる松尾山一帯に降り注いだ雨や雪が地中でろ過された極上の天然水です。「大山咋神(おおやまくいのかみ)がこの水をくみ置いていたら、一夜にして酒となり、その酒を諸国の神々に振る舞った」という伝説も伝えられています。
 11月上旬には醸造安全を祈願する上卯祭(じょううさい)が毎年執り行われています。全国の酒造家、味噌、醤油、酢などの製造業者や販売業者が参詣に訪れ、亀の井の湧水を元水として造り水に加えるといわれています。

◆ ◆ ◆
●その2【いま】
水くみのために仕事を休む参詣者

 お茶をいれるととてもおいしく、お米を炊くととてもふっくらと炊きあがるという亀の井の水は、夏場でも腐ることがないといわれています。休日ともなると早朝から行列ができ、時には2時間、3時間と待つことも。それを避けて、平日には思う存分水くみに専念できるとあって、仕事を休んで遠方から水くみに訪れる参詣客もいるそうです。
 ポリタンクやペットボトルを手にした水くみ客は、平日でもとぎれることはありません。この人気は、亀の井の水を一度口にするとわかるといわれています。ほのかに甘く、まろやかな口当たり。味わい深さは、古来から多くの人を魅了し続けてきました。

◆ ◆ ◆
●その3【健康】
名水信仰がはぐくんだ、延命の水

 亀の井の湧水を酒や醤油の醸造過程で混ぜると、その質がよくなるといわれ、これがやがて庶民に広まり水くみ客が増えました。やがて亀の井の湧水を飲み続けたおかげで病気がよくなった人もいるとか、腎臓の病気にかかった子どもが湧水を飲んでから少しずつ元気になったというような噂が口々に伝わり、亀の井の湧水は広く名をはせます。「延命の水」や「よみがえりの水」と呼ばれ、諸国から不老長寿を夢見る人々に厚く信仰されました。 水道の蛇口をひねると、安全な水が流れ出る今と異なる昔は、夏の暑さでも腐ることのない亀の井の湧水が、まさに命をつなぐ安心して飲める水だったのでしょう。多くの人の健康を支える大切な湧水であったことは、言うまでもありません。