近畿名水の旅

●はじめに
名水百選とは?
 市町村から推薦された784ヵ所の中から、環境庁により1985年に選定された100の名水です。日本全国に存在するきれいな水の中で、特に湧き水、地下水、川のように流れている水(表流水)について、学識経験者からなる検討会が選びました。そして、それらの名水を広く国民に紹介し、水についての認識を高め、普及させることを目標としています。
 また、「水質、水量、周辺環境などが良い状態であること」と「周辺地域に住む人々によって大切に守られていること」という2つの条件のほかに、大きさや歴史などを調査して選ばれました。

■名水スケッチ ・ 宮水(兵庫県西宮市)
●その1[いま]
宮水は酒造業者と地域の人々に守られている

 「西宮の水」という意味から「宮」と「水」の字をとって呼ばれる宮水は、酒づくりに適した地下水として知られています。いまでも、宮水が湧き出る地域には多くの酒造業者が集まり、全国のお酒(清酒)の3分の1ほどを出荷しています。
 宮水が湧き出る地域には酒造業者の井戸が点在しています。井戸からは酒の味を左右する仕込み水がくみ上げられ、灘の酒づくりを長い間支えてきたため、安全を考えて厳重に柵で囲まれています。酒造業者が集まって運営している酒造会館が一角にあり、その横には「酒づくり発祥地の記念碑」が建っています。酒づくりに欠かすことができない宮水を、大切に守っていこうとする地域の人々の姿勢を感じることができます。
 このように、大切に大切に受け継がれてきた宮水には、使用量に制限があります。そのため酒の命ともいえる仕込み水以外の雑用(桶を洗ったり、道具を洗ったり)には、多量 の水道水が使われ、影ながら灘の酒づくりを支えているのです。


宮水発祥之地の記念碑

拡大地図
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●その2[歴史]
灘五郷に繁栄をもたらした、宮水の効果

 この地方で酒づくりがはじまったのはおよそ500年前の室町時代中期で、当時から「西宮のうま酒」といわれていました。やがて酒造業者も増加し、江戸時代中期には酒蔵が西宮市今津から神戸市御影付近にかけて軒を連ねたといわれています。今津の港は酒を運ぶ船でにぎわい、これが灘五郷のはじまりです。
 宮水が酒づくりに適していると注目を浴びたのは1840年の頃です。当時、魚崎の酒造業者の山邑のつくった酒が、同じ米を使い、同じ杜氏が仕込み、同じ気候風土にもかかわらず「秋晴れ」と呼ばれる円熟さを増し、香りと味が一段とよいと評判になりました。ほかの地方の酒が夏を過ぎると味が落ちるのに反して、宮水で作った酒は味が良くなるのです。これを聞いた灘の酒造業者が、こぞって宮水を使い酒づくりがいっそう盛んになりました。あげくに宮水を中国地方、四国地方、遠くは関東地方にまで販売する水屋という商売も生まれ、莫大な富を築いたそうです。


山邑家文書
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●その3[科学]
縄文時代にさかのぼる、宮水の秘密

 では、なぜ宮水は酒づくりに適しているのでしょうか。その秘密は宮水が流れてくる地中にあります。  六甲山地の麓から流れ出る宮水は、縄文時代からの貝殻・海草・プランクトンの死骸などが体積した地中を通 り、海岸部に近い宮水地帯に湧き出ます。この時、酒づくりに効果的なカルシウム、カリウム、ホウ素、リンなどのミネラルが宮水に解けるため、「硬水」と呼ばれる酒づくりによい水になるのです。そして、この豊富なミネラルを含んだ硬水こそ、酵母菌の発育を高め、麹によりよい効果 をもたらします。このように自然の力と酒造業者や地域住民の働きによって、「灘の生一本」と呼ばれる銘酒が誕生し、今も守られているのです。


[用語辞典]
▼灘五郷
江戸時代は、今津郷(西宮市今津)、魚崎郷(神戸市東灘区の一部と芦屋市)、御影郷(神戸市東灘区)、西郷(神戸市灘区)、下灘郷(神戸市中央区と兵庫区)でしたが、現在では下灘郷が抜けて、西宮郷が加わっています。
▼杜氏
農閑期を利用して出稼ぎにくる酒づくり職人。
▼酵母菌
酒づくりやパンづくりに欠かせない微生物で、糖分をアルコールと炭酸ガスに分解する働きをします。
▼麹
酒や醤油をつくるのに必要で、米、麦、豆などを蒸して麹菌を繁殖させたもの。